TURACO、旅と日常を綴る

かつては、アフリカなどに旅行していました 最近はだるいので海外旅行いかず国内旅行がメインになりつつあります

カテゴリ:●2001年‐国内旅行 >  2007年12月九州旅行

8487e719.jpg今日は、旅の最終日です。

これまで、以前から見てみたかった、福岡市内にある元寇防塁跡を訪れてみました。
今は、残っていた石垣の上に、復元した石垣が西南学院大学の構内に残っているだけです。
さらに、大学の建物の中にあるので、平日のみしか見られませんが、

復元された石垣のみが残るだけで、石垣の上から海が見えるわけでもなく、ちょっと寂しいです…

防塁跡を見学した後、時間があったので大宰府へ。
目的は、九州国立博物館を見学することでしたが、今日は月曜日。
博物館は、月曜日は休みです。
なので、天満宮へお参りして時間を潰し、空港へ向かい、名古屋小牧空港を経由して、浜松へ帰りました。

今回は、なかなか楽しい旅でした。

8b29fec1.jpg今日は、小倉・門司に行きました。

以前から、門司港駅を見てみたく、ぶらりと行きましたが、レトロでいい駅です。

門司港駅は、昔の九州の玄関口であっただけ、構内の留置線は多く、いまでも車庫として健在で、構内の一部を利用して、九州鉄道博物館がこぢんまりとおいてありました。
門司レトロ地区ならびに、小倉城及び小倉駅周辺を散策後、博多に戻り、福岡で働いている大学時代の知人とあい、夕食をとり、楽しくすごしました。


これで、1,600円だったかな?

大分 まるやま (1)s



相変わらずのボリューム

すごい・・・

大分 まるやま (2)s

250b7943.jpg今日は、学生時代によく大分に行ったお店「丸山食堂」に行き、大好きだった丸山定食1,200円を食べ、その後大分市内をぶらつき、福岡に来ましたが、ソニックを使うのではなく、ゆふいんの森号を使いました。
学生時代によく、亀川の駅構内に停車しているのを見たので、ぜひ使いたいと思い利用しましたが、ディーゼル列車で大分から博多までは3時間もかかりましたが、ローカル線の楽しい旅でした。
大分駅も、立体工事が進んでおり、今度来るときは立体工事が終わっているでしょう。

福岡では、JALリゾートシーフォークホテルに宿泊しましたが、市街地からかなり離れていました…

残念!!

aab1a67a.jpg亀川の町を見た後、いよいよ雲上の学園へ。

当然ながら、大分交通を使いましたが、相変わらずです…
時間にルーズで、対応悪い…

そんな大分交通を使いながらAPUに着くと、校舎が色々と建っています。
生協がユニオン兇覆觧楡澆涼罎貌っておりますが、規模は前回と変わらず。
生協後には、2階にあったカフェが生協後にできていました。
最近のAPUの学生は、身なりが良くなり、身に着けているものが高そうです。
また、自販機にも200円のコーヒーなどがあり、さらに生協にはI-podがショーケースに並べてありました。
景気がよくなったからですかね?
私が大学に入った頃は日経平均も8,000円だったのですが、今はその倍です。
その影響もあるのでしょうか?

東西に拡張するAPUですが、西側には校舎がさらに完成しており、最西の校舎には孔子学院があり、中国の情報を発信しているとのこと。
中には、孔子廟があるわけでもなく、中国関係の書物があるだけでした。

孔子廟まで作ったら、宗教問題になるなぁ〜と思いながら見ていましたが、孔子学院や孔子廟など設置する教育機関が世界的に増えているのは、中国政府の政策影響でしょう…
日本でこんなことができるのは風見鶏体質の立命館グループだからできることです。

図書館もだいぶ本が増え、書庫棚はかなり一杯だそうです。
大学のオフィスにも行き、オフィスに勤めているトンガ出身の職員とも対談しました。
また、保健室にも行き、昔からいる保健士の方としばし、対談。
昔の体重などのデータをもらいました。
いいお土産ができました。

教授たちがいる、研究棟を一回りしましたが、なんとスキャンダルを起こしたS木先生がまだAPUにいるではありませんか!!びっくりです。
その一方で、Y浦先生はリタイアされたとのことです。
ロジ論のワン先生は、健在で相変わらずの中国人のおっちゃんぶりを披露してくれました。

そして、旅の最大の目的、教授との対談。
教授室にいくと、相変わらずの散らかり具合。
で、座る席もないので、しばし外で時間を潰し、教授の用務終了後、石垣町にある地魚を出す「中西」へ。
そして、「中西」で魚の鍋を突っつきながら、会社のことや、将来のこと、物事の考え方などを話しました。
学生の頃とは違い、一人の社会人として色々な話をしてもらえたのかなと思いました。

そして、「中西」を後にし、別府のホテルへ。
花菱に泊まったのですが、そしたらなんとYou me townができています!!
ですが、今日はもう遅いので明日行きます。

では、おやすみ…

c5dcd234.jpgひさしぶりに、東京→大分間の航路に乗りました。
3年ぶりです。

離陸は、C滑走路からで、東京湾を旋回して、東京湾の出口である富津岬と三浦半島を窓から確認できました。
上空の空模様は浜松周辺までは晴れていたので、富士山も上空からくっきり見られました。
九州便は、富士山を上空から見られるので、好きな航路です。

浜松以西は、上空が曇っていたので、地上の様子はわかりませんでしたが、大分空港に近づき降下を開始したので、地上が見えるようになりましたが、大分空港着陸に際しては岩国方面から別府湾上空を旋回して大分空港に到着したので、佐賀関の日航金属煙突や、大在埠頭周辺もよく見られました。

別府湾上空を旋回する機会は、あまり多くないのでC滑走路からの離陸を含めて今日はついていました。

大分空港から、別府市内にバスで向かい、亀川古市で下車。
バスを乗り継ぎ、競輪場で下車し、昔住んでいたアパートに向かうと、さらにもうひとつアパートが建っていましたが、それ以外に亀川全体では高層建築物の変化はありませんでした。

しかし、亀川の浜田温泉の旧館が再建築されていたり、昔よく買ったタイヤキ屋などがつぶれていたりと、ちょっとずつですが町も変化していました。
亀川駅も、東西自由連絡通路が今度新設されるそうです。
APUができて、7年が経ちますが、非常にスローペースではありますが、町が変わろうとしています。

私が浜松の田舎者のせいか、大都市の駅に行くたびに駅そのものの変化に驚かされることがしばしある。

最近、変化が著しいのが東京駅と新宿駅だ。

東京駅は丸ノ内側の駅舎が今度戦前の姿に戻るそうだが、ホームや番線自体は10年ほど前だろうか、中央線の変更以降は変わっていない。

昔の東京駅は、中央線が発着する1、2番線は今の3、4番線付近にあって、山手線と同じ位置から中央線が発着していた。

その中央線が発着していた、4番線今の山手線内回りから八重洲口をみると八重洲口上空の劇的な変化には驚かされた。

高層ビルが雨後の竹の子の如く出来てきて丸ノ内側と八重洲口側のビルで東京駅を囲おうとする勢いだ。

今の東京はオフィスが不足しているそうだが、新たにビルを足しても足りないのではと思ってしまう。

新宿駅も理由はよくわからないが常に工事をしている。

番線がどんどんずれていつの間にか私がよく使う埼京・湘南新宿ラインのホームは新南口に移り隣の駅である代々木駅がすぐそばにあるようになってしまった。

新宿駅はいつ工事が終わるかわからないが、慣れた頃に配置が代わるのにはまいった。

私鉄からJRへの乗り継ぎには混乱する。

とりわけ、大江戸線はJRの改札をでてから気が遠くなるほど歩かされる。

誰の言葉か忘れたが『大都市の駅は生き物』だと聞いたことがある、ようするに駅はひとりでに大きくなっていくのだか、東京駅も周りを含めればあてはまるし、2011年をめどに上野と東京駅の間で宇都宮・高崎線と東海道線をつなげて直通運転を始めるらしい。そうなれば、また東京駅の形も代わるし埼京の私の実家付近の駅もの掲示板の行き先も多彩になり、波及効果で実家付近の駅も変わるかもしれない。

また、東京に来る時も4番線から見た八重洲口上空の光景は代わっているだろうか?

新宿駅はどんな形になるのだろうか?

生き物ことは生き物しかわからない。

ただ、昔の国鉄時代とは違ってJRも臨機応変に対応し、大都市圏でも鉄道が使いやすくなった。

20年前ならば考えられないことらしい。

官業が臨機応変に動ける会社になるまでに20年近くかかったことを考えると、郵便事業や政策投資銀行などがニーズを読み取る力を身につけるのはまだまだ先のことだろう。

そんなことを考えながら東京駅をあとにした。

明日から大分・福岡に3泊4日の予定で行ってきます。

12月7日金曜日に、別府に行きます。

私が卒業後にできた新しい建物とキャンパスを見て、教授に会ってきます。

そして、学生時代によく食べに行ったお店に行きます。

その後、土曜日に福岡に行って大学時代の知人に会う予定です。

卒業以来、母校に帰っていないので、楽しみです。

12月の上旬と中途半端な時期で、寒いと思いますが、行ってきます。

金曜日は、久しぶりに羽田空港から大分空港まで飛行機を利用します。

3年ぶりの航路です。

座席は、機体左側のA席を指定しました。

A席からは、晴れていれば、上空から綺麗な富士山が見られるはずです。

楽しみです。

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