TURACO、旅と日常を綴る

かつては、アフリカなどに旅行していました 最近はだるいので海外旅行いかず国内旅行がメインになりつつあります

カテゴリ:●2001年海外旅行 >  2006年GW 中国旅行

楽しかったです

北京は、歴史ある街なのでいいね

リベンジする場所もできたので、またいきますかね〜

ただ、いただけないのが大気汚染

鼻がやられました

タンがでます…

今度は、マスク必須でと思いました(笑)

朝イチの便に乗るために、空港へ

朝5時起床で、6時にはYHを出ました

朝から天安門広場には、人が大勢いたので驚いたね…

空港で、パンダの人形を隣の家の子におみやげにと思って購入

今回は、成田行きの日航便

機材は、B777

機内では、大猿がNYで暴れる映画を見ていました

名前がでてこない…

最後の晩餐は、全聚徳で

北京ダックで有名な全聚徳

点心ばかりではなく、北京ダックも食べたいじゃん〜

というわけで、行って来ました

今回は、粋に外国人のお姉さんと一緒に

YHで同じ部屋で、日本で英語の先生をしていた人です

※彼女について
彼女は、スペインとオーストラリア人のハーフで親は、スペインのリゾート地マジョルカ島に住んでいるらしい、ロンドンの美術大学でPhDをとったとか…
自慢話を聞きつつ、そこまで嫌味のない女性だったのでよかったね

同室には、瀋陽で中国語を勉強中のロシア人2人組もいて、彼らのうち一人は鼻が大気汚染でやられているとか…

中国のYHって、男女混合だからそれなりに楽しめるね(笑)
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呼ばれるまで待ちます
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盧溝橋の近くに抗日博物館があります

いきました

どこまで本当なんだろうかね…

今度は、南京にもいってみるかね…

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博物館の前です
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なぜか、戦車が・・・
これって、戦後のものでしょ?
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日中国交正常化
ということは、写っているのは田中角栄元総理かね?
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天皇陛下と小平氏
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福田赳夫元総理
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撫順刑務所に収監されていた戦犯達が改めて謝罪した時のものかね?
個人の行為だから、勝手だけど、なんだかね・・・

盧溝橋にいきました

別名、マルコポーロ橋

ここが、日華事変の火蓋が斬られた場所なわけですね

橋は歴史ある橋でなかなか凝っている橋でした

金の時代から橋はあったらしいね

※現在の石造りの橋は、清代のものらしい

近くを散策して終了

近くの村では、いまだにオート三輪が現役だったね

いまは、どうだろうか…
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橋の向こうは、むかしの砦を再現
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ビリヤードやっていました
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頤和園に行ったら、戻るが大変だった

当時は、まだバスしかなくバスが激込み(泣)

座っていたのに、顔の前に手がきて、人がふんばっている…

どんだけすごいんだよ(爆)

中関村一帯をすぎてそろそろ疲れてきたので、北京動物園前で下車

イトーヨーカ堂があったので、そのまま店内にいき、食事して市内へ戻りましたが、日本のスーパーっていいね(笑)

天安門前まで戻ったら、メーデーの前日だったので、警察が警備の訓練していました
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西太后が、精魂つぎ込んでつくった頤和園

かなり大きいです

1日では、まわれません…

大きな庭園に、たくさんの中国人がいて、驚き(笑)

ここまで、すごいとはね…

いろいろな意味で…
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広い
うみですか?
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人工湖ですよね・・・
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石造りの船
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京劇の劇場
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記念撮影
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こんな花が咲いていました
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胡同は、迷路です

北京を迷京ともじる人もいるとか…

それくらい道が入り組んでいます

なぜここまで複雑になったのでしょうかね…

東京の下町を散歩しているような気分になりますね
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毎朝、この店で食べました
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YHです
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メーデーのためか、国旗がありました
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清涼だったかな?
昔の街並みに戻しています
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万里の長城の帰り、寄りました

このころは、まだ工事中

なので、遠方から見ても感動せず

また、鳥の巣と呼ばれるスタジアムも骨組みを作り始めたばかりです
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居関庸は、北方集団を食い止める最後の砦

縄張りも厳重だったようですね

ちなみに、ツアーでは八達嶺に連れていくと言われていたが、連れて行かれたのは居関庸だった

騙されたわけです〜

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居関庸の街並みです
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のぼります
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ここをのぼるのです・・・(泣)
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だいぶ上がって来ました
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あともう少し・・・
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頂上に到着です
高い・・・
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居関庸の全体図です
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これは攻めにくいかもね・・・
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関所の両側は、このように俊敏な山が続きます
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居関庸の遠景
軍事施設ですね・・・

明の13の皇帝が眠る定陵です

永楽帝のものが有名らしいけど、いったのは別のところですね

ちなみに、これはミニツアーでしたが、参加したのは外国人だけ

消防士をしているスペイン人は、ロシアからシベリア鉄道をつかってきたとか

そして、朝鮮人の女達がいたね

途中、おみやげ屋によっていきましたとさ(笑)
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遠景です
このような立派な入り口があります
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本殿です・・・
城ですね・・・
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13の皇帝の誰か・・・
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立派な梁だこと・・・
そのままのものが残っていたのかね?
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中には展示品もありました
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皇帝の帽子?
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墓稜です

YHで申し込んだら、一人100元

うえのほうから舞台を覗きこむような場所でしたが、楽しめました

演目は、わすれた(笑)

でも、京劇っていいね
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ストーリーは忘れた
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英語の字幕がでていたので、助かった
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三国志のような・・・
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カーテンコール

台湾の故宮博物院に宝物はすべて思っていたと言われていますが、実は違います

紫禁城にも宝物館として宝物が展示されています

どういう経緯で戻ってきたのかはわかりませんが、入場料別では入れます

台北と比べると大したことないけどね…
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ついにきました紫禁城

来たかった場所です

が、メインの太和殿が修復中(泣)

いつの日か、リベンジしようと心に決めました
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天安門の次の門、午門です
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ラストエンペラーでは、3人の罪人がひとつの板にくくられていた
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最初の御殿
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修復中の太和殿
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亀は、雨樋です
いがいとお洒落
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龍か?亀だよね・・・
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太和殿の次の御殿です
皇帝夫妻が、休憩所として使ったとか
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この頃は、スターバックスがありました
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溥儀の部屋
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西太后の住居へ続く道
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西太后の椅子
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立派な彫り物
乾隆帝が作ったらしい
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獅子
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乾隆帝が隠居した後住んでいた御殿
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京劇の劇場
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回廊
ラストエンペラーでもつかっていた場所

せっかくなので天安門にのぼりました

国事の際は、ここに来賓がくるらしく、説明や展示がありましたね

そういえば、天安門の前で法輪功の信者らしき連中が抗議していて、公安に逮捕されていきましたね…

あれも中国の現状だね…
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毛沢東の肖像画もかかっています
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天安門の上から広場を望む

天安門事件がおきた現場です

大きな広場です

皇居前にある皇居前広場と同じような場所なのかね

むこうは、砂利だけど…

2006年当時は、荷物チェックはなしで誰でもスイスイ

いまは、厳重チェック…
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中国の国会です
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建国の父、孫文の肖像画
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天安門と国旗
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毛沢東の霊廟が霞んで見える・・・・

北京にもケンタッキーはあります

で、いきました

味は普通です

可もなく不可もなく

値段は安い

セットで200円くらいだったかな?

いまいくともう少し高くなかっていくのだろうね…

時間があったので、天壇までいきました

天壇は、皇帝が五穀豊穣を祈った場所です

が、行ったら閉まっていた(泣)

なので、外から見て終了…

リベンジします(笑)
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一緒に観光した中国人
英語は少し通じる・・・
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名前は知らないが、花が咲いていました・・・

胡同のなかにあるユースは、四合院タイプのユースです

四合院は、胡同の伝統的な建家で、4つの小さな家が向かい合っています

むかしは、トイレがなかったらしいから、道は汚い

そして、家の中も風呂の設備などが貧弱だったから…

清の時代には、住みたくないね…
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 北京駅から胡同のなかにあるYHまでは距離があるので、地下鉄で前門まで行き、そこからてくてく歩きます

 そうそう地下鉄のホームで万歩計を線路に落としたな…

 いきなりアホです(笑)

 胡同を歩いていると、リキシャに乗った日本人女性に話しかけられました

 彼女は、北京駅前にあるYHに泊まっていて、部屋が地下にあるとか…

 そうなんだ…などとくだらない会話をしてリキシャは去って行きました(笑)
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 鉄道もなかったので、バスで移動

 車内に液晶があって、何か放送していたが、忘れた…

 バスは、北京駅についたけど、案内もなくそのまま下車…

 乗車賃は、10元だったかな?

 まだ、ターミナル3が開業以前だったのでT2へ

 黄砂の影響か、霞んで見える今日この頃…

エコノミー利用なので、激込みのカウンターでチェックインして機内へ

空港で何したか記憶にない…

機内は、古いシートのボロ六(B767)で、国内線で使われている機材じゃない?と思うような内容でしたね…

名鉄の駅まで移動

当時は、回数券なる素敵なものがあることも知らず、正規運賃で移動しました

セントレアまでの特急普通車両でうんよく座れて移動

この当時は、朝の下痢になやまされていたので、トイレにいかないようにひやひやしていました

この頃は、まだ7000系の真っ赤なパノラマカーもあったね〜

乗らなかったけど(笑)

駅前ホテルは、みゆきという激安ホテルです

1泊4,500円くらいだったかな?

名駅の新幹線口なので、ホテルのウラ側は風俗街

深夜のお客様対策として、裏口も整備されているチープなホテルでした

そして、極めつけはエロ漫画が大量に陳列

これに笑ったね〜

朝9時30分発なので前泊しますが、セントレアにはまだ東横インもなく、やむなく名駅泊です

名駅までは、高速バスで移動

当時は、よく利用する弁天島駅の駐車場の存在を知らなかったので…

バスは、これ以来乗ってないかな…

ものすごく時間がかかるのよね…

部署配属が決まったけど、とんでもないDQNな部署に来てしまったことが判明

いま考えるとあの部署だけ、ブラック企業のような場所でしたね(笑)

で、お先真っ暗な私は旅行にいこうと計画

俗に言う海外逃亡ですね…

そして、思い立ったのが北京行き

日航の特典を予約して行ってきます〜

 北京の地下鉄延伸は続いており、主要観光地の大半は地下鉄でいけるようになっています。

日本のテレビでも話題になった乗車時のマナーですが、以前よりは良くなりました。

しかし、マナーの改善運動は続いています。

 各駅に指導員がいて、乗客を監視しています。

 電車の到達時刻を告げるボードに液晶画面が使用されるようになりましたが、いずれもボードには整列乗車、降りる人が優先と表示されます。

 五輪前後に開業した路線は、東京の南北線や京都の東西線のように、ホームと列車の間に扉が2枚あり、事故防止を図っているようです。

 以前は、自動改札などは機能しておらず、切符を駅員が切っていましたが、今は自動改札が機能しており、毎回チケットを購入して、改札を通るようになりました。

 色々と改善されてはいますが、一方で改悪と捉えられる動きもあります。

 地下鉄に乗る際には、必ず荷物検査があります。

 日本では、空港などごく一部に限られますが、北京の地下鉄では乗る際は必ず荷物検査があります。

 長距離路線でも同様で、北京駅や天津との高速列車が出発する北京南駅などでも同様の検査があります。

 天津の地下鉄では、荷物検査はありませんでした。

首都ですから、チベットや新彊ウイグル地区などでの反政府行動を警戒するためもあるのでしょう。

また、若年層の雇用対策という面もあるのかもしれません。

 ちなみに、地下鉄の車内はこの時期は汗臭いです。

 乗ると、特有のにおいがします。

 天津でも同様のにおいがしますが、日本のように体臭スプレーを使用することが習慣化すれば、変わっていくでしょう。

 繁華街などの建設ブームは終了したようですが、郊外ではマンションなどの建設が依然として盛んで、北京は晴れている日でも日がさすことはあまりなく、曇りの状態と変わりません。

 滞在中、幾度か太陽を拝めましたが、いずれも雨が降った後のことでした。

 曇りの原因は、工場からでる煙や黄砂などが原因です。

 しかし、五輪を境にして市内の大気汚染は幾分和らいだようで、1時間以内ならば曇っている状態でもマスクなしで散歩ができます。

 以前は、マスクなしで15分ほど歩いているとのどが痛くなり、めまいがしましたが、今回は大丈夫でした。

 沿海部の都市を中心に環境への関心が高まりつつあるようですから、今後は環境が改善されていくと良いのですが…

 今回は、北京・天津を訪問しました。 

 今回も仕事で行きましたが、たまには観光もしたかったので、予定より2日ほど早く現地入りをして、観光や北京の知人に会いました。

 北京五輪から2年が経過しましたが、いまだに建設ブームのようです。

 私が見てきた北京・天津の現状をテーマごとにわけて書きます。

今日で休暇が終わる。さびしい限りだ。
北京から帰国後はずっと喉を痛めていた。黄砂が原因らしい。
薬局で勧められたトローチを舐めているおかげで痛みが緩和してきたようだがまだまだ痛い。
明日から仕事だが喉の調子が悪いのを理由に休もうかな?と考えてしまう。

仮に一度休むと出社拒否しそうなので明日から行く…
旅行中に浜松はどんなところと聞かれ、浜松はドイツのシュッツガルトみたいな工業地帯だよと答えていたが、ほんと工場ばかりが目立ち何もない…
せめてもの救いは、浜名湖があることだな…と思っている。
そんなことを考えながら新幹線に乗っている…

しばらく中国ネタについて書きます。

北京空港を朝、8時30分の飛行機に乗るために、ユースを朝6時に出た。
車は、途中、天安門広場を経て空港に向かったが、なんと朝6時なのに天安門広場にはたくさんの観光客が!!
それも、写真を撮っている!!
何を考えているんだ?
日本のどの観光地に行ってもあんなに朝から観光客が写真を取っている場所はないぞ!!
と、びっくり!!
きっと、人口が爆発的に増えた影響で朝じゃないとこれないのでしょう…
と、勝手に解釈し、一路空港へ

空港では、ボーディングタイムまで相当時間があったのでラウンジで仮眠と朝食を食べる。
そして、一路日本へ。

今回は、いろいろと見て疲れました。

5cf11f0b.JPG5日目は、同室もスペイン人と夕食の北京ダックを食べにいく約束をして、ユースを出た。
今日は、朝から北京の郊外にあるマルコポールブリッジこと、虜溝橋を見に行った。
1937年にこの橋のふもとで演習をしていた日本軍と中国軍がふとしたことがきっかけとなって、両軍が交戦し、全面戦争へと発展した場所である。
その近くには、抗日戦争記念館があり、日本と中国の過去の関係について色々と展示してあった。
この抗日戦争記念館については、後日じっくりと調べてまた書きます。
この記念館には、どうやら中華思想が関係していそうなきがします。
抗日戦争記念館を見た後は、北京市内に戻り、北京の原宿兼渋谷の「西単」に行きました。
GW中なのか、たくさんのひとだかりで、疲れました。

さらに、喉が痛い…
どうやら、黄砂などで喉をやられたようです。
日本にくる黄砂と中国の黄砂ではサイズが違うので、大きめの黄砂を吸い込んでしまい喉が朝からズット痛いです。
しかたがないので、スターバックスで休憩。
中国のスターバックスは、日本と値段が変わらず、個々を平気で使える人はけっこうな身分の方たちでしょうね?
日本で言えば、帝国ホテルのコーヒーを毎日飲みに行くようなものですから。

コーヒーを飲んで、ユースに戻るが、北京に着てからずっと歩きぱなしで足が痛いので、フットマッサージに行きました。
フットマッサージでは、地方からの出稼ぎの子がやってくれましたが、彼女達の給料は月3万円でした。
日本での金銭感覚では、15万円くらいなので、日本では高卒の子と同じくらいでしょう。
しかし、彼女達の居住空間は最悪で、私が横になってマッサージをしてもらっているベットが彼女達の寝床だそうです。
6畳程度の部屋に4人の女の子が寝泊りをしています。
すごいなぁ〜と驚きました。

かたや、私と話している英語のガイドは月々30万円ほどもらっています。
彼はこのマッサージ屋に住んでいて、外国人の私がきたので急遽奥から呼ばれてきたそうですが、経済格差がここまでくると大変だなと驚かされました。

1時間40元のマッサージのお陰で、すっかり足も良くなりユースに帰り、約束の北京ダックを食べに行きました。
お店は、ユースから程近い全聚徳という北京ダックで有名なお店に行った。
なかなかでてこない北京ダックに心弾むが、でてきた北京ダックにちょっとがっかり…
だって、北京ダックってこんなもんだっけていう味だったから…
もうすこし、うまかったような気がしたが…
まぁ、これも旅の一つとして最後の夜が終わった。

4日目は、サマーパレスこと頤和園へ。
ここは、円明園とともに、戦争によって破壊・略奪を受けた庭園である。
頤和園は、非常に広いが、中国のGWと重なって非常に混んでいて観光するのがやっとだった。
なので、そうそうに切り上げる。
行きは、前門の駅から地下鉄とタクシーだったのでユースからは1時間とかからなかったが、帰りはバスを使ってみた。
すると、バスでは、前門駅までは2時間ちかくかかった。
バスは、満員になってもまだ詰めて、座席に座っていた私は、立っている人が体を支える為に、後頭部のすぐ後ろと目の前に人の手が伸びて、非常に窮屈な思いがした。
そのため、途中でバスを下車して、遅い昼食をとることにした。
食堂を探すにも、餃子か油っこい中華料理はしばらく食べたくないので、なにか軽い食事を探していたら、日本の吉野家があった。
ひさいぶりに、日本でも食べることの少ない吉野家に入った。
中国では、食肉の輸入規制が無いのかあるいは、USA産ではなくオーストラリア産の牛肉を使っているためか牛丼がメニューとして存在したので、ひさしぶりに吉野家の牛丼を食べた。
味は、なかなかおいしかったが、米がどちらかというタイ米に近かったのでちょっとパサパサした食感だった。
その後は、ユースに戻り夜は、雑技団のショーを見に行ったが、しょせん子供だましであまりおもしろくなかった。

56679205.JPG3日目は、万里の長城観光に出かけた。
今日から中国でも本格的なGWが始まる。
そのため、どこにいっても黒山の人だかりだが、メーデーもあるので多少はましだろうとのこと。
そこで、その合間を狙って万里の長城へ。
ホテルのツアーを利用して、明の十三稜と万里の長城を見学しました。
明の13稜は、明の皇帝の墓が13個ある場所で、風水で選ばれた場所だそうです。
万里の長城は、北京市内にもいくつかあって、一番有名なのには八達嶺の頂上ですが、私は八達嶺の手前にある頂上に行きました。

居傭関という関所のある頂上でしたが、なかなか面白かったです。
さて、このツアーじつは巧妙に仕組まれて違う場所に連れて行ったツアーでした。
最初は、八達嶺の頂上と明の13稜の地下宮殿に行く予定が、いつもまにか居傭関の頂上と別の13稜に連れて行かれました。
まぁ、値段が安かったから何かある何かあるなとは思っていましたが、まぁ昼食はまぁまぁおいしかったし、それにどの頂上にいっても結局は同じだったろうから、よしとするかとひとりで考えていました。
ツアーには、イギリス人、スペイン人の夫婦、フランス人、スウェーデン人、朝鮮人がいましがた誰も気づいていない様子でした…

その後、天安門広場に行くとメーデーのためかいたるところで、なにやら集会をしていましたが、中国語なのでわからずほどほど帰って、寝ました。
明日は筋肉痛になるでしょう…

a25337dd.JPG朝、早くからおきて朝食をその辺の餃子やで3元の肉まんを食べ、紫禁城へと向かった。
紫禁城は、中国の明、清時代の皇帝の御所で、現在でも古い建物が残っている。
あの有名な天安門も紫禁城の一部をなしていた建物である。
天安門広場まで、歩いていくと黒山の人だかり。
すごすぎる。
人だらけです。
でも、そんななかでもたこを揚げたりしています。
よく、北朝鮮の首都平壌でもこんな光景をテレビを通してみますが、社会主義国の広場では似たような現象が起きるのでしょうか?
人を掻き分けて、写真撮影をして、天安門の前へ。
天安門は、1949年に毛沢東が中華人民共和国の建国宣言をしたことで有名です。

その天安門で、ある事件に巻き込まれました。
天安門前で写真を撮影していると、ある集団が突然、服を脱ぎ始めました。
それも、男女いっせいに服を脱ぎだし、中国語で大声で叫び、座り込みの抗議を始めました。
彼らは何を言っているのかわかりませんが、公安(中国の警察)がやってきて、彼らを連行していきます。
まるで、テレビ映像を見ているかのような現象が目の前で起きています…

で、私も側にいたので公安に何か聞かれています…
どうやら、写真を撮ったのがいけなかったようです…
日本では、写真をとっても問題ないのに中国ではNGでした。
したがって、撮影したデジタル映像をその場で消去して、ひたすら謝りその場を去りました。
偶然の出来事とはいえ、中国の社会主義の一面と、貧富の格差からでてくる社会問題を目の当たりにしたような気がします…

さて、紫禁城観光を再スタートしますが、天安門を上ると天安門広場が目の前に広がっており、なかなかの風景でしたが、黄砂の影響で広場全体も見えずちょっと残念でした。
さらに、紫禁城の中も回収していることが多く、皇帝の台座がある大和殿も修復中でちょっと残念続きでした…
紫禁城をうろちょろとしていると、あっというまに5時間が過ぎてしまいました。
なかなか、時間がかかる建物でしたが見ごたえがありました。
紫禁城は、皇帝の小宇宙を表したものといわれますが、その意味はよくわかりませんでした。

紫禁城を後にして、次は北京の銀座「王府井」に行きました。
王府井は、複数の商業ビルが乱立していましたが、日本の銀座と比べるとまだまだ規模が小さく、福岡の天神クラスかなという印象でした。
王府井でぶらぶらした後、宿に戻り京劇を見に行った。

京劇は非常に面白く、内容も分かりやすく楽しかった。
もっとも、プログラムは外国人向けだったこともあるが、また見に行きいと思わせるものだった。

朝、一番の列車で中部国際空港へ向かった。
中部国際空港は、海上空港だが沖合いからほど近く、名古屋の市街地からも30分ほどしかかからなかった。
中部国際空港の感想は、非常に使いやすいことが上げられる。
コンパクトにできているので、利用しやすかった。
だが、中部国際空港は名古屋人の主張が随所にちりばめられていた。
例えば、エントランスゲートでは中部地方に本社がある代表的な企業の広告がずっと続き、お土産店でも名古屋名物をやたらと強調していた。
さらに、登場ゲートにもレクサスの広告がずらりと並んでいる…
さすがに、ボーディングブリッジの製造先は新明和(大阪)や三菱重工(東京)だったが、まるで名古屋人が名古屋人による名古屋人のための空港をつくったのだとPRしたいのか?と創造してしまうほどの名古屋色の強い空港でした。

で、名古屋空港を後にして一路、中国の首都北京へ。
北京国際空港に到着。
が、あれくもっている?
今日は天候不順だったかな?
いや違う、黄砂だ。
黄砂のせいで、曇っているんだ…
まだ、黄砂かよ。
せっかく、黄砂が終わった時期を狙ってきたのに…
と失望をしていた。

まぁ、何はともあれこれから5月4日の朝まで北京にいなければならないので、仕方なく空港から市内へとむかった。
市内へはバスで15元(1元が15円)かかった。
市内へ向かうバスも黄砂で前方がぼんやりとぼやけていた。

バスは北京駅前に到着。
北京駅前から、ホステルまでは地下鉄を使い、地下鉄の駅からは徒歩。
地下鉄の駅は天安門広場の近く。
地下鉄に乗ろうとしたときに日本とは逆方向に電車が運行しているので、方向を間違えた。
で、戻る。
北京の地下鉄は、一回改札を入ってしまえば、どこまで行っても料金は一緒。
NYやパリとシステムは同じで、便利だが、切符は窓口で買って、改札は専用の係員がいる。

天安門広場に程近い前門駅で下車。
前門駅では、道路の向こう側が天安門広場。
こっち側は、胡同という北京の下町がある。
胡同にユースホテルがあるので、そこまで歩く。
歩くこと20分。
胡同のユースに迷いながらも到着。
途中、怪しい自転車ツアーに声をかけられながらも無事に到着。
ユースに荷物を置き、胡同の町を散策する。
胡同の町並みを散策した感想は恐ろしく不衛生で、町民の家にトイレがない場合などがある。
トイレのない町民は、町角にあるトイレで用を足すのだが、そのトイレにはドアがなく、和式で日本とは逆の方向を向いているので、すさまじい光景を見る羽目になる…

北京のトイレ事情はさておき、天安門広場から南側に位置する天壇にいった。
ここは、皇帝が毎年の豊作を祈願して祈る場所だそうだ。
個々で出会った一人の中国人女性から中国の社会事情を聞きだすことできた。
彼女は、大連の大学生で北京には就職活動の面接できているらしいが、彼女の話では中国の雇用状況は非常に厳しいらしい。
様々な制約があって、どうやら雇用者側に便利なようにできている。
その他、東北地方の事情なども聞いておいたが、さしたる情報は聞き出せなかった。
で、その彼女と天壇を観光し終わったあと、ユースに帰るが、北京の夕方のラッシュはひどい。
交通渋滞もさることながら、運転マナーがなっていない。
交通弱者の保護などという概念はなく、隙があればそこに割り込むという思想のもと運転しているようだった。
駅の券売機やレジでも同様に隙があれば割り込むという姿勢はどこに行っても変わらない中国人の習性だ。

なんとか、事なきを得えて無事にホステルに戻る。
ホステルの同室の連中は、ロシア人とスペイン人で、ロシア人はシベリアのハバロフスク出身で、中国語を習いに来ているらしい。
中国語を習いにくるロシア人が多いらしく、満州地方ではロシア人の留学生が非常に多いそうだ。
スペイン人は、京都で英語の先生をしていたらしい。
なかなか、ユニークな連中と同室になった。

明日から9日間の休暇がはじまる。

会社の上司はフライングをして一足早く休暇とった。
そのおかげで今日の午後はたいした仕事もなく、以前からたまっている使用済みFDを分別、廃棄して長い休暇に入った。
この休みは、かねてから計画していた北京に行く予定だ。北京にはちょっと長めの5泊6日の予定だ。これまで学生時代に散々旅行をして来たのに、中国には行ったことがなかった。正確にいうと中国という国を避けていた。
理由は色々あるが中国に行きたいとう気持ちがわかなかった。
中国行きを決めた理由は色々ある。有効切れになるマイルが5000マイルもあったので20000マイルでどこか行ける場所を探していた。たかが、20000マイルではグアム、韓国、フィリピン、中国と限られていた。
悩んでいたら、NHKで北京にある故宮博物院について放送いた、それを見た瞬間に北京に行って見たくなった。
北京では、万里の頂上、故宮などの歴史的な建造物はもちろん見るが、中国のIT集積地の中関村やリテールの状況なども見て見たいと思っている。
そして、夜にはパリパリに焼いたこおばしい香のする北京ダックを食べる予定だ。
今から、北京ダックを食べることを考えただけでおなかが減る。
明日の晩には北京のどこかのレストランで点心でもつまんでるだろう。
帰国後blogにて旅行記を掲載するのでパリパリに焼いたこおばしい香のする北京ダックに興味のある方はぜひ見てください。

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