人の性格形成プロセスというものを考えたとき、周囲にいた人間の影響と自分のとった行動が極めて大きいと思う。

 周囲の人間によって、その人の考え方や行動パターンが決まり、それが性格という名称でまとめられるが、私がいままで会ってきた人達の大半は、両親またはそれに代わる存在の影響が極めて大きいと思う。

 例えば、非常に短気な男性の場合、非常に父親が短気な場合があり、父親を見ているので、自身も短気になりやすいと思う。

 しかし、自分が短気であると気づいておらず、周りのせいにする人も多くおり、自分損をして、周りにも損をさせるという構図を持っている。

 短気は損気と言ったが、外れおらず、私自身も短絡的な発想で行動し、損をしないように気をつけたい。(少なくとも、自身では短気ではないと思っている。)

 女性の短気は、手に負えない。女性の場合は、短気というよりもヒステリーと呼ばれることがあり、こちらの方が男性よりも損失は大きいと思うが、ここだけの話にしておく。

 この他にも、周りの空気が読めない人(天然ボケも含む)も親譲りという場合が多いと思う。

 天然ボケの場合は、親や兄弟と正反対で天然ボケという正確になることもあるので、一概には決め付けられない。

 あれこれとあげれば、キリがないが、人の性格は親や周囲の人間によって決定づけられる可能性が極めて高いと思う理由は、上記のとおりだ。

 つぎに、自分のとってきた行動で性格が決まるというのは、周囲の環境に影響されるが、大局的見地をもつ人間などは、これまで様々な本を読み、外に出て見聞を深め、世間という存在を熟知していると考えている。
 
 大局的見地をもつには、アクティブに行動し、かつ熟考できる人間でなければいけないのではないのか?と思っているが、これら一連の行動が自身のとってきた行動であるのであると考えているので、となると大局的見地=性格の一部だとすると、これまでとってきた自身の行動も重要な要素になる。

 その逆に、視野が狭い人物は、行動範囲もせまく、世間を身勝手に解釈したことなどもあり、それなりの性格なのだと思う。

 人の性格が決定づけられる要素は、あげればキリがないが、私が考えている要素は、上記の2つだと思っている。