とうとう、寝台特急「富士」号と「はやぶさ」号が2009年頃に廃止になるようだ。

思えば、私が就学前の東京駅は九州方面への寝台列車が夕方になるとひっきりなしに発車していた。

東京と博多・下関を結ぶ「あさかぜ」号ですら、1日に2本はあったし、鹿児島や宮崎へも寝台列車が走っていた時代が記憶に残っている。

関西に住む祖父・祖母が東京に来るたびに、東京駅までお迎え・お見送りに行くのが我が家の習慣だったが、就学前の私にはお迎え・お見送りよりも色々な列車に出会える東京駅に行くのが何よりの楽しみだった。

当時は、まだ国鉄だったし、東北・上越新幹線も東京駅に乗り入れておらず、寝台列車がまだまだ活躍していた時代でもあった。

しかし、小学生になるとさよなら○○○号というタイトルを付けて、多くの寝台列車が東京駅から消えて行き、今では大分と熊本に行く寝台富士とはやぶさの連結寝台列車のみが夕方の東京駅から発車するだけになってしまった。

寂しい限りだ。

私も、学生時代に正月休みを終えて、東京から九州の大学に戻るのに1度だけ利用したことがあったが、正月休みでも、列車の中はがらがらだった。

また、車両も20年以上前から使用しているらしく、きしむ車輪の音を聞きながらうとうととしか眠れなかった。

ただ、子供の頃から1度は乗ってみたいと思っていたブルートレインに乗れたので、嬉しかったが、また乗りますか?と聞かれると答えに窮する。

飛行機が普及していない時代には、寝台列車での移動は一般的だっと思うが、寝台列車の値段が航空券代よりも高いご時世では、滅びよく乗り物なのだろう。

深夜の移動ならば、夜行の高速バスのほうが活躍している。

日本の寝台列車は、今後は上野と札幌を結ぶ「北斗星」や、大阪と札幌を結ぶ「トワイライトエクスプレス」などのような移動手段としてではなく、旅を楽しむ豪華寝台列車のみが行き残れる時代になった。

寝台列車斜陽論の中でも、サンライズ出雲・瀬戸のような動力分散型車両のあるが、いずれにせよ、寝台列車斜陽論は今後も止まらないだろう。

誰も止められない時代の流れだ…