戦前、戦中は陸軍の参謀として活躍し、戦後はソ連に抑留され、帰国後は伊藤忠商事の重役を務めた後、中曽根内閣のブレーンとして活躍した瀬島龍三氏が老衰により亡くなった。

1911年生まれだったので、95歳という長寿だったが、故瀬島氏は山崎豊子の小説「不毛地帯」や「沈まぬ太陽」、「二つの祖国」などでもそれらしき人物あるいは実名がでてきており、第2次大戦以前は軍人で、それ以後は政・財界人として生き抜いた人物であった。

軍人出身で戦後、活躍した故辻政信氏や故源田実氏などと陰では、癒着していたという話もあり、商社の闇の部分でも采配をとっていたようだ。

また、防衛庁の次期主力戦闘機を巡る争いは熾烈で、日商岩井の故海部八郎氏と激闘し、自殺者まで出したダグラス・グラマン事件という汚職事件を起こしたり、また対アジア向けODAを当て込んだ商戦でも政治家などと駆け引きしたり、GMといすゞ自動車の提携にも自身が関与し、当時業績が振るわなかった安宅産業を吸収し、安宅産業が強みを持っていた電子・機械の商権を確保するなど、伊藤忠商事を糸偏商社と言われた繊維商社から総合商社へと変身させたキーマンでもあった。

現在の伊藤忠商事の骨格は、この瀬島氏が形成したとも言われおり、瀬島氏直轄の業務部は瀬島機関と呼ばれ、会社の経営企画全般に携わり、旧陸軍の参謀本部を習ったものであったようだ。(現在はどうなっているかは知らない。)

戦後の日本をめまぐるしく、駆け巡った瀬島氏だったが、健全であれば現在の日本の政治や国際情勢についてどのように考えたであろうか…
2003年頃に、フジテレビが瀬島氏の対談番組を作成しているので機会があれば、再放送されるだろう。

以前、瀬島氏に関する調査を行った私にとっては今日は驚きの一日であった。
瀬島氏のご冥福をお祈りします。